伝説
城隍爺には、じつは決まった「本尊」がいません。土地ごとの城隍は、たいてい生前その地で正直と人望を集めた人物が、亡きあとに任じられます。ですから台北の城隍と台南の城隍は、そもそも別の方なのです。この「善き人が死後に官となる」という仕組みそのものが、心を打ちます。この世を正しく生きれば、いつかあなたが一方の土地を守る番になるかもしれない、というのですから。
共通しているのは廟のしつらえです。門には「你來了」の額が、長く待たれていた挨拶のように掲げられ、堂内には大きなそろばんが、あなたの帳簿を誰かがつけていることを思い出させます。両脇には背の高い者と低い者、黒い顔と白い顔の謝将軍(しゃしょうぐん)と范将軍(はんしょうぐん)——民間でおなじみの黒白無常(こくびゃくむじょう)が立ち、冥界へ出頭すべき者を捕らえます。子どものころ大人に手を引かれて城隍廟に入り、あの大きな二体の像を正面から見られなかった——大人になってようやくわかりました。怖かったのは神像ではなく、自分の心のなかのあの帳簿だったのだと。
