
祀られている神様
紹介
毎年の元宵節、台東の街角では衝撃的な光景が繰り広げられます——上半身裸の壮漢が神輿の上に立ち、信徒たちが放つ連なった爆竹を全身に浴び続けるのです。これが「北の天灯、南の蜂炮」と並び称される「炸寒単」です。その舞台となるのが、台東天后宮です。台東で最も歴史の古い媽祖廟であり、媽祖(天上聖母)を主祀し、清代の東台湾で唯一の官廟でした。廟内には貴重な扁額や文物が数多く残されています。元宵節の「諸神巡行」と炸寒単には、毎年数千数万の人々が押し寄せ、後山(東台湾)の信仰の熱気を燃え立たせます。
歴史
台東天后宮の始まりは、一つの民変の平定と結びついています。清の光緒15年(1889年)、提督の張兆連は、媽祖の加護によって民変を鎮められたことに感謝し、廟を建てて報いようと呼びかけました。光緒帝はさらに「靈昭誠佑」の扁額を御賜し、この廟は当初から官廟としての格を備えることになりました。1933年、地震で廟が損傷したため現在地へ移築され、その後も何度かの修繕を経て今日の姿となりました。清代の官廟から今日の元宵の盛典まで、台東天后宮は信仰の中心であるだけでなく、台東の開拓史を語る証人でもあります。