呂洞賓
修道・剣術・文昌学業

呂洞賓

呂仙祖 | 純陽祖師 | 八仙の首

紹介

台北・木柵(もくさく)の指南山(しなんざん)に、指南宮(しなんぐう)という廟があります。主祀は八仙(はっせん)の筆頭・呂洞賓(りょどうひん)——信者が呂仙祖(りょせんそ)、呂仙公(りょせんこう)、孚佑帝君(ふゆうていくん)と尊ぶ仙人です。この仙人は文武両道。みごとな剣術の持ち主で「飛剣が妖を斬る」物語は民間に広まり、また文人の出であることから、読書人は合格祈願に、修道者は丹道(たんどう/道教の修行)の祖師として拝みます。台湾の人がこの神をいちばんよく知っているのは、あの「恋人同士で指南宮を訪れてはいけない」という言い伝えかもしれません——呂仙祖が嫉妬して、二人の仲を裂いてしまう、というのです。廟側は幾度も打ち消してきました。あくまで民間の笑い話であり、呂祖が断つのは悪縁(爛桃花)だけ、正しい縁はむしろ守られる、と。噂はさておき、指南宮は「天下第一の霊山」と称され、「仙公籤(せんこうせん)」は全台湾でもっとも名高いおみくじの一つ。夕暮れに山へ登って仙祖を拝み、ついでに台北の夜景を眺める——それが通の楽しみ方です。

伝説

呂洞賓は仙人になる前、試験に落ちつづける一人の読書人でした。唐代の彼は幾度も長安に上って進士(しんし)の試験を受けましたが、いつも不合格。運命が変わったのは、長安の酒場でのある一夜です。

彼はそこで仙人の鍾離権(しょうりけん)に出会いました。鍾離権はちょうど、黄粱(こうりょう/あわ)の飯を一鍋炊いているところです。その飯を待つあいだ、呂洞賓はうとうとと眠り込みました——夢のなかで彼は試験に合格し、とんとん拍子に出世し、妻を娶り、位人臣(くらいじんしん)を極め、しかし最後には悪人に陥れられ、妻子と離れ、街をさまよう身に落ちます。

はっと目を覚ますと、あの黄粱の飯はまだ炊き上がってさえいませんでした。

一生の栄枯盛衰が、飯ひと鍋の時間にも及ばない——これが故事成語「黄粱一夢(こうりょういちむ)」の由来です。呂洞賓はその場で功名への執着を捨て、鍾離権を師と仰ぎ、その後、美色・財・生死といった「十の試練」をくぐり抜けて、仙人となりました。仙人となってからも深山に隠れず、かえって人の世を巡って世を救い、「三たび岳陽楼(がくようろう)に酔う」風流を今に伝えています。八仙のなかでも、この落第生こそ、いちばん人情味にあふれた仙人なのです。

参拝作法

呂仙祖への参拝は清らかさを基本に、清らかなお茶、果物、精進料理があれば十分です。呂洞賓は文人の出であることから、合格運を願う人は筆・墨・紙・硯(すずり)を添えて供え、文昌(ぶんしょう/学問の神)の御加持を象徴させることもあります。

何を願うのでしょう。試験や功名、修道の精進、災厄除け——どれも呂祖の守備範囲です。指南宮に来たら、忘れずに「仙公籤」を一本引いてみてください。台湾でもっとも名高いおみくじの一つで、この一本を求めてわざわざ山に登る人も少なくありません。

旧暦四月十四日は呂仙祖の聖誕。指南宮では祝いの法会に加え、詩の会や書道展といった文芸の催しが開かれ、この仙人の文人らしい気質によく似合います。恋人同士は避けるべきか、ですって? 廟側はこう言っています——呂祖が断つのは悪縁だけ、正しい縁は安心して来なさい、と。

祭日

旧暦四月十四日が誕生日で、木柵指南宮で詩朗読や書道展などの文芸活動を含む盛大な祝賀会が行われます。

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