褒忠亭義民廟
北部 褒忠亭義民廟

褒忠亭義民廟

新竹県新埔鎮 新竹縣新埔鎮下寮里義民路三段360號

祀られている神様

義民爺

紹介

たいていの廟が神像を拝むのに対し、義民廟(ぎみんびょう)が拝むのは一基の墳墓——これこそ褒忠亭義民廟の最も特別で、最も胸を打つところです。新竹県新埔鎮にあるこの廟は、全台湾の義民信仰の総本廟であり、台湾客家(ハッカ)族群にとって最も重要な精神の聖地です。その信仰の核は、廟の裏手にある「義民塚(ぎみんちょう)」。清代の林爽文事件などの動乱のなか、故郷を守るために犠牲となった二百余名の客家義勇の先烈が眠っています。正殿に高く掲げられた「褒忠」の扁額の二文字は、乾隆帝の御賜によるものです。毎年旧暦7月20日の義民祭は、桃竹地域の十五大庄が輪番で主催し、なかでも語り草なのが「賽神豚(さいしんとん)」——信者が競って最も肥えた神豚を飼い上げて献じ、最も豊かなやり方で先祖に敬意を捧げます。

歴史

清の乾隆51年(1786年)、林爽文事件が勃発し、新竹・桃園一帯の客家の郷勇が義軍を組織して、血みどろの戦いで故郷を守り抜きました。戦の後、犠牲となった二百余名の義勇は枋寮(ぼうりょう、現在の新埔鎮)に合葬されます。乾隆55年(1790年)、郷民が資金を集めて廟を建てて弔い、乾隆帝が「褒忠」の扁額を御賜しました。これが義民廟の由来です。以後、朱一貴・戴潮春などの事件が起こるたびに、郷土を守って犠牲となった義民が次々と廟に迎え合祀されていきました。こうして義民廟は台湾客家精神の象徴の聖地となり、その「墳墓をもって廟とする」独特の信仰形式は、台湾の宗教文化のなかで今も他に類を見ない存在です。

褒忠亭義民廟

褒忠亭義民廟

新竹県新埔鎮

参拝情報

住所

新竹縣新埔鎮下寮里義民路三段360號

地域

新竹県新埔鎮