中元節の普渡
祭り・行事

中元節の普渡

旧暦七月一日、閻魔大王が地獄の門を開き、亡魂が人間界へ戻る——このひと月、台湾の人々は供え台を並べ、そっと「好兄弟」と呼びかけ、畏れと思いやりを細部に込めます。

詳細紹介

旧暦七月一日、民間では、閻魔大王が地獄の門を開き、亡魂が人間界へ戻って供養を受けると言い伝えられます。門が閉じる七月三十日まで、このひと月のあいだ、台湾の人々は供え台を並べ、そっと「好兄弟(ハオシオンディ)」と呼びかけ、畏れと思いやりを一つ一つの細部に込めます。中元普渡は台湾の旧暦七月で最も大切な祭祀行事であり、民間信仰の中でも最も規模が大きく、最も特色のある「鬼月」の文化です。

鬼月の習わしと禁忌

台湾の旧暦七月は、濃い民俗の色に包まれます。七月一日の「開鬼門」には、各廟で「開龕門(かいがんもん)」や「豎燈篙(燈籠の竿を立てる儀式)」が行われ、好兄弟(亡魂への尊称)が人間界へ戻ってよいと知らせます。ひと月のあいだ、さまざまな禁忌が語り継がれます。

● 夜に泳がない——水鬼が身代わりを探すため。

● 夜に洗濯物を干さない——人の形に見え、亡魂を招き寄せやすいため。

● 口笛を吹かない——その音が好兄弟を呼び寄せるため。

● 他人の肩を叩かない——人の両肩と頭上には身を守る「三昧真火」があり、肩を叩くとその火が消え、憑かれやすくなるため。

● 「鬼」の字を口にしない——「好兄弟」と尊んで呼ぶ。

● 引越し・開業・結婚などの大事を避ける。

現代人が必ずしもすべてを守るわけではありませんが、これらの観念は今も台湾社会に深く根づいています。

普渡の流れ

七月十五日の中元節が普渡の最高潮です。家々は門前や軒先に供え台を設け、豊かな三牲(豚・鶏・魚)、果物、お菓子、飲み物、インスタントラーメンなどを供えます。近年の台湾の普渡の供物はますます豪勢になり、ビールを箱ごと、輸入菓子をあれこれ供える人もいます。供物には線香を立て、好兄弟が使えるよう金銀紙を焼きます。供え台には必ず「普渡公」(面燃大士、大士爺とも)の紙像を据えます。観音菩薩の化身とされ、普渡の間の秩序を保ち、好兄弟が供物を奪い合わないよう見守る役目です。

供物の禁忌

● ご飯に箸を突き立てない——死者に供える「脚尾飯」を思わせるため。

● 好兄弟への供物は神仏へのものより豪勢にする——気前の良さを示し、好兄弟の不満を招かないため。

● 供物にグアバとトマトを入れない——この二つは種が排泄とともに出るとされ、「不浄」と見なされたため。

● 普渡が終わった供物は早めに下げて食べ、長く置かない。

主な中元の慶典

台湾で最も盛大な中元祭は「基隆中元祭」です。旧暦七月一日の「開龕門」から月末の「関龕門」まで、まるまるひと月続きます。中心となる行事には、豎燈篙(水陸の孤魂を招く)、主普壇の醮儀(十一の姓が輪番で主普を務める)、放水燈(基隆河に蓮花の水灯を流し、水中の亡魂を導く、もの悲しくも壮観な行事)、花車パレード(各姓が丹精込めた藝閣の車列)などがあります。基隆中元祭は170年以上の歴史をもち、国家重要民俗に指定され、毎年数十万の見物客を集めます。

搶孤(ちゃんぐー)

「搶孤」は中元普渡で最もスリルに満ちた一場面で、宜蘭・頭城の「搶孤」がとりわけ有名です。普渡の儀式が終わると、牛脂を塗った高さ十数メートルもの「孤棚」が数本、広場に立てられ、その頂に供物と旗が置かれます。競技する隊は、素手でつるつる滑る柱をよじ登り、頂上の旗と供物を奪い合います。「順風旗」を取った者は、好兄弟の加護を得られるとされます。体育競技と宗教的意味を兼ね備えた、台湾の中元文化の中でも最も独特な一環です。

中元節の普渡

中元節の普渡

祭り・行事